浜名湖花博「藤の舞台」
正面に歌舞伎の長谷川大道具の
藤と松、左右に樹齢百年の紫藤と
白藤の銘木。
この不思議な空間の中で
「藤娘」を踊りました。


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浜名湖花博「藤娘」パフォーマンス報告記
 

4月26日(月)
12:10 東京駅

 これより静岡県の浜名湖へ向かう。開催中の花博のイベントで「藤娘」を踊る為だ。私と振付の五條雅之助さんと床山の酒井さんと衣裳の藤代さんと後見の神山君と一向5名。気心の知れた仲間なのでチームワークはバッチリである。

 昨年の夏頃だったか?親友の花太郎の保坂桂一氏を通して、藤崎事務所の藤崎健吾氏より、来年(すなわち今年)、浜名湖で開催される花博のパビリオン庭文化創造館で舞踊パフォーマンスをしてくれないかとの打診があった、それがそもそもの発端である。昨年の2月、私が保坂氏と組んで駒沢通りの異空間で催した舞踊の夕べを藤崎氏がご覧になった上でのオファーだった。私の本公演の予定もあり、協議の末、期日を4月の下旬とし、それならば藤の季節でもあり、その見頃に合わせて「藤娘」がよかろうということになった。

 ところが打ち合わせの折り、会場の図面やセッティングのありようを見てひとつの危惧を正直抱いた。それはどういうことかというと、樹齢100年の藤の花々と歌舞伎の長谷川勘兵衛氏の舞台美術とのコラボレーションということがまずベースにあって、それはそれでとても面白い試みではあるのだが、しかしその相いれない自然の美と人工の美が果たして融合するのかどうか?へたをしたらお互いを殺し合ってしまうのではないか?そういう疑念を抱いたのである。

 その空間のなかで私はどう踊ればよいのか?私は私で主張して「藤娘」の全曲を歌舞伎舞踊として古典的に踊るべきか?藤崎氏とも色々話し合ったが中々方向が定まらず、とうとう年が明けてしまった。1月末、私は駒沢の舞踊の夕べの折り振付を担当して下さった親友の五條雅之助氏に相談を持ちかけた。五條氏はやはり舞踊会ではないのだし、花博のイベントのひとつとして考えるべきだとされ、中心となる「藤音頭」の古典的な部分を生かして、前後を新しい音と振付でまとめては?と提案された。藤崎氏もその案には大賛成で、これでようやく方向はさだまった。

 ところがまたまたその音捜しが難航。五條氏も色々と探して下さるが、なかなかピッタリくるものがない。そのうち、私も「小町伝説」公演に忙殺され、「藤娘」は後回しになってしまった。気持ちは焦るばかりである。3月末、「小町」の公演も終わり一段落した私は、舞踊テープの専門家本山久光氏を尋ね相談に乗ってもらった。本山氏も悩まれたが、和楽器と洋楽器を使った頃合いの曲が見つかり、それに鼓(つづみ)をかぶせて、「藤音頭」が10分弱、前後が3分ずつで計16分位にようようまとめて下さった。私はその足で五條氏と藤崎氏を尋ね、曲を聞いてもらっておふたりの承諾を得て、これでようやく第1関門突破。衣裳も常識の藤色はやめて白地の振袖に黒地の帯とし、鬘も台金はやめてアミの多少リアルなものとした。

 しかし、衣裳と鬘は、現場の様子が行ってみないと解からないので、果たしてマッチするのかどうか?当日の変更は不可能なので、これはもう一発勝負、綱渡りである。私は4月は名古屋公演なので、五條氏には名古屋まで御足労願って振付と稽古をしていただくこととなった。いやはや、もうてんやわんやである。

4月16日(金)
16:00  名古屋御園座地下稽古場

 私が名古屋公演中なので、振付の五條雅之助師にわざわざ御足労願った。中心の「藤音頭」のくだりはよいとして、前後をどう処理するか、音を聞きながら、会場の図面を見ながらの振付作業である。藤崎氏の2階のバルコニーも使ってほしいとの要望から、被衣を被っての出はそこからと決めた。が、図面からではそのバルコニーから正面舞台までの導線が今ひとつ判然としない。だいたいの推測から音の感じと照合して一応まとまったが、今度ほど現場へ行ってみないと全てが決まらないという不安にかられたことはない。稽古終了後、私の行きつけの美味しい中華飯店へ五條師をお連れして夕食。ビールと老酒で目が回った。

4月26日(月)
12:10  話は戻って浜名湖へ向かう新幹線の車中である。

 五條師と口頭で振付の最終確認。今日は快晴だが、明日は台風の接近で天気は大荒れだとのこと、相変わらず五條師は大忙しで来月はシンガポールへ出向くとのこと、そんな話しをしながら早や浜松に到着。そこから東海道本線に乗り換えて弁天島で下車。世話役の藤崎事務所の大野氏が出迎えてくれて、車で浜名湖へ向かう。今日はほんとうにいいお天気で、湖上を渡る風の心地よいこと!花博会場に着いて、久々に藤崎氏とお目に掛かる。平日にも関わらず大変な人出、4月にオープンして以来、予想を上回る入場者数だそうで、まずは目出度いかぎり。
 さて肝心の藤の庭舞台であるが、庭文化創造館に恐る恐る入ってみて、一行全員歓声を上げる!素晴らしい会場である。樹齢100年の紫藤と白藤が舞台の両サイドにあって、その後ろの一段高いところにいつもの歌舞伎の「藤娘」の松の大木と藤の釣り枝の大道具が飾られている。中段には大きめの松の盆栽もふた鉢飾られている。左右の回廊の壁には長谷川大道具の舞台装置図が置かれ、またCGの藤の花びらの散る映像が流されている。階下のオープンスペースには、パネル状の舞台装置図が網代に置かれてその間に八重桜や白藤やあやめや山吹などなどが保坂桂一氏のアレンジでところ狭しと咲き誇っている。また、舞台の真裏一番高いスペースには勘亭流の看板や藤や松の盆栽が並べられ、さらに保坂氏のコーナーには彼が収集した師雀右衛門に関する品々が並べられ、その隣には江戸の芝居風景を再現した和紙人形展や長谷川大道具の製作現場のコーナー等々、もう至れり尽せり。なにより驚いたのは、一番懸念した舞台装置と生花が相殺するどころか、自分を主張しつつも見事な調和を保っていることで、不思議なこの空間には脱帽。ここで踊らせてもらう幸せを思った。閉館後18:30よりリハーサル。やはり2階のバルコニーから舞台までの導線が大変で音との兼ね合いで多少振りを変更。照明の具合を五條師がチェックして下さり、手直しして、思ったよりスムーズに終了。それもこれも長谷川舞台の阿部氏や照明の方々、会場のスタッフの皆さんの御尽力のお陰である。その夜はビールと日本酒で皆で前夜祭。

4月27日(火)
早朝

 予報通り雨風激しい大荒れの天気である。あーあ、何だか意気消沈。この日の為に頑張って来たのに・・・・。会場に着くと楽屋が雨漏り!幸い衣裳とかつらに被害はなかった、やれやれ。正午と16:00と18:30の3回公演。ところが開演15分前になって、悪天候にも関わらずたいへんな人数の観客ですよとの報告を受けて、とたんに元気もりもり!大いなる御声援を頂いて、苦労した甲斐がありました。一回目無事終了。五條師や衣裳の藤代さんや床山の酒井さんや後見の神山君は花博内の青いバラ?やモネの睡蓮の庭などを見学に行ったが、私は緊張が少し和らいだ途端、疲れがどっと出て楽屋で仮眠。見に行きたかったな〜〜。2回目の開演前、「演劇界」の秋山氏がお越し下さる。また緊張!それにしても藤の花がこれほど強烈な匂いを発するとは思いも寄らなかった。いやな匂いではない、エロティックな匂いと言おうか・・・・。この雨で新幹線が落雷の為一時ストップ。案の定、3回目のプレス向けの公演では欠席者続出。少し寂しいが、この催しで藤の花の料理を提供して下さった熊谷喜八さんや樹齢100年の藤の花々を養生された造園家の塚本こなみさん達もご覧下さり、このコラボレーションをとても喜んで下さった。そのお声を耳にしてこの度の大役を仕果せたという実感が湧いた。藤の花との一体感である。帰りの新幹線の中でその思いをかみ締め、またまた皆で乾杯! この花博は今年10月まで開催され、様々な催しが続きます。皆々様にも是非ご来場賜りたく、ご案内申し上げます。

 

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